深堀隆介 のブログ 金色ノ鮒

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zoom RSS 福島へ行ってきました。

<<   作成日時 : 2013/02/18 00:07   >>

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15、16日の2日間、再度福島へ行ってきました。

今回は、NHK福島さんに案内されながら、被災地を見て回ってきました。


まず、去年の4月に個展をさせていただいた常円寺に行き、まだ処理できないで山積みの汚染土を見せていただき、この前来た時よりもドラム缶が増えていることに驚きました。
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蓋を開け、線量計でご住職が数値をみせてくれたのですが、やはり40マイクロシーベルトという高い数値にびっくり。

その時、ビービ―とブザーが鳴ってうるさいなぁーと思ったら、なんと僕のポケットからなっている。

取り出すと、いままで一度もなったことがなかった僕の線量計が警報を鳴らしていた。

見ると9.99マイクロシーベルトと表示され、針が振り切れて測定不能になっていました。(でもちゃんとこの計測器が機能していたことに安心しました。)


なんと恐ろしいことか・・・・。
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その後、一時間半かけて山を越え南相馬市へ。

(途中、飯館村を通りました。やはり線量は他の地域よりも高かったです。)


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南相馬市で、まずはお昼ご飯を食べようと、復興商店街の双葉食堂へ。

ラーメンが有名だそうで食べました。これは予想を超えるおいしさでした。 また立ち寄りたいです。
是非、食べてみてください。マジでうまいですから。

ラーメン評論家と名乗っている人に、こういうところのラーメンを食べまわってほしいですね。(本にしてほしい)




さてその後、市の南部、原発から10キロ〜20キロ圏内になる小高地区へ。

ここは、ついこの前まで立ち入り禁止区域で、入るには許可と防護服がいるところだった。

その小高地区を案内していただいた。
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     唖然でした。


まだ2年前の震災直後のままといってもいい状態だったからです。(※もっと悲惨な状況の家がたくさんあったのですが自粛いたします。)

震災の時、情報が錯綜し、屋内退避だったり、すぐに退去命令になったり、本当に情報に翻弄されただろう町の人たち。
「またすぐ帰れる」そうみんな思って避難所に行った。でもその後町は立ち入り禁止になってしまい、何もできず本当に無念だったと思います。

津波にのまれた人を助けたい、探したい、そう思っても近づけない。もしかするとガレキの中に取り残されて生きているかもしれない。そんな思いでずっといたことでしょう。

本当に、放射能が全てを狂わせてしまった。 これはある意味人災と呼べるのではないでしょうか。


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僕は、いてもたってもいられなくて、破壊された町を見ながら自然とスケッチを始めました。 写真を撮るよりも、脳に焼き付けておこうと思ったからです。

随分長い時間描いていたと思います。 みぞれ雨が降り寒い中、カメラさんマイクさんディレクターさん、みんな付き合ってくれました。本当に感謝です。


福島には、2年経った今でも風化しない「あの時」が残っていました。
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深堀隆介
Riusuke Fukahori












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