ポップ・アート展とグルスキー展

なんだかんだでもう夏も終わり。 といってもまだこの暑さはなんだ~!


まだまだ夏気分ですが、これから続く個展の作品作りをしなければならない。


めっちゃ大変じゃ~。


その他、講演会や取材・TV収録、家の事などいろいろあって、作るのに集中できない。

これではいかん!と気分をリセットしようと暇を見て久々展覧会を見に行ってきた。(なかなか行けてないからね~)




で、国立新美術館で開催中の「ポップ・アート展」「アンドレアス・グルスキー展」


ポップアートは、もう有名すぎる作家たちばかりだったのでさほど期待していなかったけど、実際行ってよかった!(特に僕は高校性の頃ロイ・リキテンスタインを見て衝撃を受けたので彼の作品が好き)

特にアンディ・ウォーホルの部屋はいいものが揃っていたように思う。当時、彼がものすごくクールで最先端だった息吹が聞こえてくるようだった。


それはリキテンスタインも同じで、出てくる作品はポップでかわいい印象なのに、ものすごくクールなんですよね。

本当によくぞあの領域に我々を誘ってくれたと感謝してしまいます。


一方、写真家のアンドレアス・グルスキーは、迫力ある画面に何んともいえない空気感が伝わってくる写真だった。


これは、あまり説明を聞かずに見た方がいいと思った。僕は最初にある程度説明を見てしまったおかげで作品に入り込めなかったところがいくつかあったためだ。

写真を見る目で鑑賞するよりも、自由に描かれた絵画作品を見る目で見ると彼の世界観が一層広がると思う。

そうでないとちょっと作為的に感じてしまうかもしれない。


僕は、大きな画面に水面が写っているだけの作品が数点あったのだけれども、それが超お気に入り。


あと、ポスターにもなっている「カミオカンデ」の写真は、もっと引き伸ばしてほしかった。


でも、彼の作品の中には人間社会の裏側をえぐりとるようなところがあって、現代の大量生産・大量消費社会への警告もメッセージの中にあるように思う。


そう考えると、隣でやっているポップアートの時代は、大量消費社会の最盛期が幕をあけた時代で、そういう社会性を肯定しながらも、戒めるような皮肉めいた表現があるが、50年ほど経ったグルスキーも同じような感覚が感じられるってどういうことなんでしょうね。



もしポップアートの作家たちが今生きていたら、今の時代をどう思うのだろうか?そしてどんな作品を作るのか?そんな空想を2つの展覧会を見ながら愉しんでいた。






深堀隆介
Riusuke Fukahori