(養魚場探訪記)金魚の本物に聞く 矢作雄一氏①

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金魚の最前線で美しき金魚を作出している「本物」たちは一体何を考え、どのような金魚観をお持ちなのか、
私、深堀隆介という美術家の視点から聞いてみたいと思い、突然取材をお願いした。



まず、今回訪れたのは、去年の日本らんちう協会の総本部審査員でもあり、全国大会で数々の受賞歴をお持ちのランチュウ家、


横浜観魚会会長 矢作雄一(やさくゆういち)氏です。
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私の家からもそう遠くなく、同じ横浜市内(といっても広いが・・・)で、ご自宅の敷地内で、たくさんのランチュウを飼育されておられた。

《余談: 私(深堀)は、名古屋出身で、しかも奥さん三重県桑名市で、その間に弥富町という全国一の生産量をほこる金魚の町があったものですから、子供の頃から広大な 金魚畑(水田のような四角く大きな金魚池が並ぶ)を目にしていたせいで、養魚場におじゃまする時は、知らず知らず外の金魚池を探す癖がついていることに気がついた。

らんちゅう宗家さんへ行った時もそうだったが、ランチュウをやっている養魚場へ行くときは、そういった池がなく、普通の住宅街の中で、しかも外から見えないところでやっていることが多い。
特に関東の住宅事情もあるだろうが、町をあるいていても養魚場があるとは思えないところでやっているのが関東の特徴だろう。(名古屋人の視点ね) 》




「はじめまして矢作です」



と、玄関に出てこられた矢作氏は、職人肌の頑固おやじという感じではなく、とても気さくでやさしそうな方だった。ちょっと安心した。今回突然の訪問にも関わらず、快く招き入れてくださった。

《余談: 美術の世界でも、すごい芸術家ほど、優しかったり、礼儀正しかったりする。 偉そうにふんぞり返るような人は、世界的作家にはいない。それは自分の仕事に自信があるからこそ、外っ面を大きく見せようと飾らなくてもいいからだろう。そんなことを思い出した。》

今回ここで私が矢作氏にお聞きしたかった内容は、ランチュウの飼育法や鑑賞法といったものではなく、もっと内面の事だった。



すなわち精神の部分だ。




ランチュウの世界ほど、稚魚をハネる(選別する)世界はないだろう。 ハネてきた歴史とも言える。
本物たちは、稚魚をハネるという行為に何を感じているのか?たくさんの命を捨てることは果たして善なのか悪なのか?

まだ見ぬ美しきものを生み出すために割り切らなければならない部分。




 私は、人間に宿る 「鬼」・・・ それを聞きたかったのだ。 



取材は随分長時間になってしまった。それだけ矢作氏との会談は、とても有意義なものだった。私の今後の作品作りに多大に影響するだろう。(だからといってランチュウという「品種」を描くことはしないが)


矢作氏と話した内容をいまは公開するつもりなないが、矢作氏は公開しても構わないといっていただいたので、僕が興味深いと感じたことなどを少しだけ記載したい。





「シルエット! 良い種親のランチュウは、青水の中でボヤーとみえるシルエットが良い。一発でわかるよ。」(矢作氏)



なるほど、きっと綺麗な水で金魚の細かい情報が見えるよりも、青水という濁った水の方が、余分な情報がなくなり、よりその個体がもつ真実が浮かびあがる、それを見抜けるのだろう。

《余談: 写実絵画でもそうだが、全てピントが合ったような絵は、作業のすごさは目立つが、作品自体が生々しくて気持ち悪かったりもする。
逆に、レンブラントやもっと後世の印象派の絵は、タッチこそ荒っぽいがそうすることで得られる視覚とは違う、脳内にあるもう一つのリアリズムを知覚させる。》


良し悪しの話しではなく、この矢作氏の言葉が印象派の芸術家の目と同じように感じた。



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※去年全国大会2歳の部第2位だったというランチュウちゃん。「尾がまだ大会用に仕上げてないだよね~」と矢作氏




(次回その②につづく↓)



深堀隆介
Riusuke Fukahori