深堀隆介 のブログ 金色ノ鮒

アクセスカウンタ

zoom RSS 樹脂作品紹介 「百済」と「加羅」

<<   作成日時 : 2009/11/20 02:44   >>

トラックバック 0 / コメント 0

今回は、金魚酒から発展した樹脂作品を、お見せしたいと思います。

樹脂作品は、技術的に少しずつ向上しているとは言え、まだまだ発展途上です。
この技法で僕が作られる大きさにはまだ限界があります。

大きくなればなるほど、手間もかかりますし、重くもなります。それよりもなによりも、何日もかけて作ってきて、
最後の一層で、樹脂の硬化に失敗すれば、すべてオジャンになってしまいます。(過去に何度かありました。樹脂はとても高価なので、非常に痛い!)
大変リスクが高いのです。硬化させる樹脂の量と面積、そして温度の管理、これらの条件は、樹脂を入れるものや
その日の気温などで全く変わります。手さぐりの状態で日々探究しています。

それを踏まえてどうかご覧ください。

画像


上は「百済(くだら:Qudara)」という作品です。写真は2007年に作った2代目です。
なぜ百済かというと、この子(作品のことを僕は子といいます。)が「百済だよ」と僕に言った気がしたからが、正解です。
僕は作品の名前を命名するとき、その子が発する響きを大切にしようと決めています。その響きに漢字をあてはめて名としています。
命名で1日悩むこともあります。それほど僕にとって、作品の名は大切なのです。

百済も僕のなかで大変印象深い作品で、当時、商品的だった樹脂作品(金魚酒など)を、作品と呼べるものに押しあげてくれた存在でもあるからです。





画像


上は「加羅(から:Kara)」という作品です。2003年ごろ制作。
これは、今とはずいぶん金魚の描き方が違いますが、樹脂の技法を始めたころの勢いだとか、作る喜びが感じられる作品で、今見ても見ごたえがある作品だと思います。(←自分で言うな!)

一応新しい試みをしていて、樹脂の表面に、浮草を描いてみました。もちろん根っこは、一層下の樹脂の中にかいてあります。葉っぱの部分は新うるしを使ってみました。

画像


こういう浮草の描き方は、この子が最初のものです。



以上「百済」「加羅」という2つをご紹介いたしました。
百済や加羅という名前は、日本古代史に必ず出てくる日本から見た古代朝鮮の国名です。(ちなみに「新羅(しらぎ)」という作品もありました。)

僕は、古代日本史が大好きで、子供のころからなぜか惹かれていました。神話時代から大和、飛鳥、奈良時代が特にドキドキします。名古屋にいたころは、京都よりも奈良へよく行きました。
そのせいか、作品名に古代日本史の言葉が出てくることが多いようです。

そして「百済」を制作した時は気がつかなかったのですが、古代史を調べていくにしたがって、全く別次元だと思われる金魚と古代日本に意外な共通点があり、私たち日本人独特の金魚観(金魚の愛で方など)の形成は、大和、飛鳥にあることに気がつきました。(あくまでも自論ですが。)


僕が考える日本人の金魚観とは何か。


わかりやすいものを一つあげるならば、「金魚=熱帯魚」ではない。ということです。

もし僕の絵が、金魚のような優雅な熱帯魚の絵だったら、どう感じますか? 「わぁきれい」と思うかも知れません。 が、どうでしょう。意味合いが全く変わってしまうと思いませんか?金魚が日本人に与える独特の感情に気がつくかと思います。
この感情を形成する一つに、夏祭りの金魚すくいが大きく関わっていると思いますが、僕は、もっと深く関わっているものがあると考えます。
それは「日本人は自然と金魚に日本人を見ている」ということです。
一つを簡単にご説明しますと、「日本人と金魚、どちらも大陸より渡ってきたという共通のルーツを持つため、同郷意識のような特別な感情を無意識に感じ取っているのではないか」 というものです。僕はこれが最も大きいと考えます。

日本人の金魚観。中国の金魚観。アジアの金魚観。すべて違うと思います。
日本人の多くは、金魚が奇抜になることや、派手になることを望んではいないと思います。

僕は、そこに日本人の「愛(め)でる」があるのだと思います。

そして、その答えが古代大和にあると考えるのです。



と、長くなってしまうので、今日はここまでにします。
この辺については、ご興味ある方は、個展の時などに僕にお気軽にお尋ねください。



ちなみに、日本の金魚発祥の地は、大和郡山です。やはり奈良なのです! オ〜っ

では失礼します。



テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

樹脂作品紹介 「百済」と「加羅」 深堀隆介 のブログ 金色ノ鮒/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる