深堀隆介 のブログ 金色ノ鮒

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zoom RSS 万葉考 1 「桜田へ鶴鳴きわたる・・・」

<<   作成日時 : 2012/02/10 22:19   >>

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                    ※大和三山の畝傍山


今日は僕が好きな万葉集のこともいくつか触れておきたいと思い、万葉集を取り上げたい。

万葉集とは、我が国最古の和歌集である。 まだ、かな文字が無かったため、原文には万葉仮名が使われているのが大きな特徴だろう。(落書きの“夜露死苦”に通じるかもね・・・)

万葉集についてはおのおので調べてほしい。




で、僕はこの万葉集に特に詳しい訳ではないけれど、読むのが好きなんですね。

とくに歴史書としてみるのが好きで、古事記や日本書紀より正確な歴史を伝えているように思う節がある。



現在の日本で、「茶漬けでも食べて・・」と言ったら、「はよ帰れ」という意味になるように、

昔から日本人は直接的な表現よりも、比喩を駆使して公には言えないタブーを表現する文化があると思う。 僕の作品集に載せた大津皇子の辞世の句、「百伝う 磐余の池に鳴く鴨を・・・」は完全にその含みがあると思う。 それは、またいつかお話ししたい。



■今日は、僕が万葉集にハマったきっかけを作ってくれた歌をご紹介します。



高市連黒人(たけちのむらじくろひと)という人の歌、

  桜田へ  鶴鳴きわたる 年魚市潟
   さくらだへ  たづなきわたる  あゆちがた 
            潮干にけらし  鶴鳴きわたる
             しおひにけらし  たづなきわたる

 (桜田の方へ鶴が飛んでいくよ 年魚市潟は潮が干いたらしい 鶴が飛んでいくよ)




この歌で、僕がもっとも驚いたのは、この「桜田」は名古屋市南区の僕の育った近所の町「桜田町」だった!ということ。

「桜田中学校」の中学生のみなさん!そこですよ!そこ! あなたたちのいるそのあたりが1200年前の万葉集に歌われとるのですよ!

「桜台高校」の高校生のみなさん!おたくの高校の東側の神社の境内に歌碑がひっそりと建っとりますぞ!よく見なはれ!



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なぜ驚いたかというと、いまの桜田は、本当にどこにでもありそうな いわゆる住宅地。 名所でも景勝地でもない、そんなところの地名が万葉集に出てきたことに僕は目ん玉が飛び出るほど驚いた。



この歌を知ってから見る桜田町は まるで別世界に見えた。



現地へ立ち寄ったとき、当時海岸だったというその辺りの地形に目をやり、奈良時代の旅人が見たであろう昔の風景を思い浮かべ、1人愉しんでいた。


何でもない住宅地をみつめて笑みを浮かべる男が1人。



桜田から南に500mほど行くと見晴台遺跡がある。 やはりここには古くから都市があったに違いない。万葉に詠まれたほどだから相当の都市と思われる。

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年魚市潟(あゆちがた)とは、いまの名古屋市の南にあった大きな干潟のこと。 愛知県の語源になったとか。


それよりも驚くべきは、ここに当時、鶴が来ていたということだろう。
※補足するならば、この場合の「鶴」は比喩表現かもしれない。







深堀隆介
Riusuke Fukahori



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