深堀隆介 のブログ 金色ノ鮒

アクセスカウンタ

zoom RSS 金魚考 「奈良と金魚」

<<   作成日時 : 2012/01/18 10:44   >>

トラックバック 0 / コメント 0

「金魚のイメージは?」と聞くと大抵の人は「江戸」と思うのではないでしょうか?

確かに、日本では江戸時代にそれまで高価だった金魚が庶民でも手に入るようになり、金魚が大流行した時代なので「金魚=江戸」は最もポピュラーなイメージです。



でも僕の中では、「金魚」は「奈良」の方が近くにあります。

画像


それは、アートとしての自分の中のリアリティを追及していった結果たどり着いた僕のイメージであり、けして日本金魚発祥の地「大和郡山」があるからではありません。

大和郡山が日本金魚発祥地と知るのは、金魚の事を調べていく過程で知ったわけで、随分後の話しです。
ましてや奈良時代に金魚はまだ日本には来ていません。(一説には室町時代に中国より渡来。)

画像



■僕は、小学校のころから奈良に惹かれておりました。なぜか聖徳太子や大化の改新など、あと銅鐸とか古墳とか、大和・飛鳥・奈良時代が好きでした。

今思えば、今の日本人が出来上がった時代でもあることが楽しかったのだと思います。

大和・飛鳥・奈良時代は、我々がもつ善悪などの価値観、言葉のルーツなど、たくさんの楚があります。


だから、自分探しをしていくと、おのずと奈良にぶちあたります。。
画像


京都は、確かに日本の古都だけれども平安京以降、江戸時代まで機能していた生きた都市だったため、その時代時代で絶えず変化してしまっています。


一方奈良は平安以降、国家の中心では無くなり、見放された首都なんです。


つまり、日本の古代がそのままあるのです。

画像


僕は、ここに強く惹かれる原因があると思います。そうして20歳ごろから奈良を再び意識するようになりました。






■一方「金魚」も、自分の心の中にあるアイデンティティーを探っていく中でたどり着いたキーワードです。


子供のころ、何故か「魚」という存在にあこがれをもっていた。 
水という、もう一つの世界を行き来できる存在として。 自分にも鰓(えら)がほしかった。


そしてよく魚釣りにいった。 緑の水から釣り糸を引っ張る得体のしれない魚の手応え。 見えない獲物への恐怖がなんとも言えず熱中した。(「釣り吉三平」もよく見ていたし(笑))


魚への畏怖の念と、釣り上げることで得る凌駕の念と二つがあった。。


また、釣った魚を食し、その肉を我がものとする気持ち、それもあるだろう。(浸み込んでいくような感覚)


「魚」と「自分」というキーワードが、その後、金色の鮒である「金魚」に気づかされることになります。

画像




以上の「奈良」と「金魚」のイメージは、僕が自分探しをした結果、(偶然)たどり着いた接点なんです。

そして、日本金魚発祥地が「大和郡山」だったことは本当に驚くべきことでした。





画像


※小さい頃、奈良の野性的で無骨な建築が馴染めなかったのを思い出す。それはきっと奈良に日本が日本になる前の異国をみるからだろう。




深堀隆介
Riusuke Fukahori









 



テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

金魚考 「奈良と金魚」 深堀隆介 のブログ 金色ノ鮒/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる